律芯館の起こりとかの話
律芯館は空手、古流柔術を中心とした武術研究団体として活動してる訳なんですが
そもそもの起こりや私自身の関わりはって話
律芯館の先生とは弟子入りするまで変な関係で
武術友達、兄弟弟子になる、弟子になる。
知り合っていきなり弟子になった訳でなく
時間をかけて師弟になった感じです
もっとも知り合った時からレベルが違ってたので
殆ど指導して貰うという関係でしたが
私は所謂武術オタクという奴で
フルコン空手、中国武術、東南アジア武術、
ブラジリアン柔術、システマその等を渡り歩く様な有り様、(ちなみにシステマは未だに一応続けれてます。) その過程の中で出会った空手と古流柔術のスゴい人という印象でした。
当時先生を中心に色んなジャンルの人間が集まってよく夜な夜な研究稽古、交流稽古してました。夜中なんですよね何故か、
で、先生から先生の先生を紹介して貰い(ややこしいですね)兄弟弟子の関係になります。
その先生の先生というのが凄まじい人で
後にも色々な素晴らしい武術家たちにも
会いましたが未だに強烈な印象を残して
います
所謂世には出ない隠れた達人
と言う感じの方で。
次元の違う剛猛な突き蹴り
かと思えば受けるだけで相手が崩れる柔の
極致のような受け、精妙な柔術技法、
そして何よりその技を得るための思想は
稽古中に精神的に常に真剣を突きつけるかのような厳駿さでついて行けてる弟子が何人いたかと
思えるものでした
だからこその業であり孤高の存在であったと
言えるのですが、
そう言う厳しい稽古の中で大したものも身につけれる事もなく諸々の事情で道場を離れる事になりました
暫くを経て先生から独立したので手伝わないかと
声かけて貰って漸く弟子になります。
指導と手伝いを経て
いく漠かでも自分なりに納得出来るものが
出来て来たのはこの辺りでしょうか
おもえば色々あった武術人生で自分の中で
こんなに遙々と来たジャンル等なく。
だからこそ未だにやってるのでしょう
どこまで行けるかわからないが
人生を通して何か一つの境地にまで
いけたらななんて事は考えてます
そもそもの起こりや私自身の関わりはって話
律芯館の先生とは弟子入りするまで変な関係で
武術友達、兄弟弟子になる、弟子になる。
知り合っていきなり弟子になった訳でなく
時間をかけて師弟になった感じです
もっとも知り合った時からレベルが違ってたので
殆ど指導して貰うという関係でしたが
私は所謂武術オタクという奴で
フルコン空手、中国武術、東南アジア武術、
ブラジリアン柔術、システマその等を渡り歩く様な有り様、(ちなみにシステマは未だに一応続けれてます。) その過程の中で出会った空手と古流柔術のスゴい人という印象でした。
当時先生を中心に色んなジャンルの人間が集まってよく夜な夜な研究稽古、交流稽古してました。夜中なんですよね何故か、
で、先生から先生の先生を紹介して貰い(ややこしいですね)兄弟弟子の関係になります。
その先生の先生というのが凄まじい人で
後にも色々な素晴らしい武術家たちにも
会いましたが未だに強烈な印象を残して
います
所謂世には出ない隠れた達人
と言う感じの方で。
次元の違う剛猛な突き蹴り
かと思えば受けるだけで相手が崩れる柔の
極致のような受け、精妙な柔術技法、
そして何よりその技を得るための思想は
稽古中に精神的に常に真剣を突きつけるかのような厳駿さでついて行けてる弟子が何人いたかと
思えるものでした
だからこその業であり孤高の存在であったと
言えるのですが、
そう言う厳しい稽古の中で大したものも身につけれる事もなく諸々の事情で道場を離れる事になりました
暫くを経て先生から独立したので手伝わないかと
声かけて貰って漸く弟子になります。
指導と手伝いを経て
いく漠かでも自分なりに納得出来るものが
出来て来たのはこの辺りでしょうか
おもえば色々あった武術人生で自分の中で
こんなに遙々と来たジャンル等なく。
だからこそ未だにやってるのでしょう
どこまで行けるかわからないが
人生を通して何か一つの境地にまで
いけたらななんて事は考えてます
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